スタッフブログ

2019年7月10日|カテゴリー「互助会について
少し前から、かんぽの不正営業がネットニュースに出ている、ニュースに出てくる前に親戚のおばさんからメールで郵貯の投信と契約をしてしまい不安でどうしようもないと言う相談だった。その電話が土曜朝いちばん、前日金曜に契約をしてしまった。という相談。まあ内容を聞き、土曜に電話をして、留守電に内容を吹き込む。そして月曜に担当からかかってきた。
まあ、今から出社前にそちらに行く、待ってろ。と、少し凄む。その後博多駅前の郵便局に。応接室に通され、部長が出てきて、とりあえず凄みを、入れながらクレームを入れ、その後の対応を促して、とりあえず帰った。2時間後、今回の契約はなかったことに。という予想外の対応。まあよかった。解約手数料も取られず、おばさんは損ださず済んだ。
まあ、にしてん(ラック)、メモリード、ベルコ、典礼会館、葬儀屋互助会と同じである。やっていることは。
善人顔してお客をカモリ、文句を言うととぼける。会社として、人として末期的な立ち回りである。

藤本じゅどう
2019年5月28日|カテゴリー「事前相談について
長いようで短い。短いようで長かった、6年間である。まあ、何かやったのかと考えれば、何もやっていない、待ち。これがしんどいと言うかモヤモヤ。そんな感じがわかりやすい表現かな?
まあ、ひとまず、軌道には乗った、ワンピース、ルフィー的に表現すると、ギアセカンド、からギアサードの移行した、だが、まだ甘噛み状態できっちり歯車がかみ合っていない。もちろんギアフォースまである。ギアフォースになりきっちりかみ合わせが出来ると福岡糟屋郡で1番となる。まあどうでもいいが、従業員も全員、年俸で600万すべての従業員がそうなる。そうする。おおよそ丸10年目がそうなる時期と考えている。売り上げはほかの葬儀屋とは比べると低いのは当然だ。だか、件数、利益は経営効率的には1番となる。3日前も西日本典礼の会員が来て宇美斎場で30人前後で葬儀。支払いが300万。その後不満を持っていたが、勧誘員にうまいこと言われ再加入。家族で話し合い迷っていたところ、みやびえんで葬儀をやったご近所にみやびえんのこと聞いて、来館、西日本典礼ラックの嘘、詐欺行為を根拠もとに説明。理解して引き落としを差し止めすることを決め、みやびえんの会員に。
名の売れた大手がこのありさま。こんな業界はほかにはない。イライラ、頭に来るが、おさめどころは、そんなしょうもないことをやってくれれば当社みやび苑は日本最少葬儀社であるが何もせずお客がお客を呼んできてくれる。
夢のような商売が現実となっている。それが加速しているのが現状である。合掌

藤本樹道





2019年5月10日|カテゴリー「お寺について
最近、YAHOOニュースでも納骨お寺の話が出ている。4日前、とても仲が良かったお寺の住職がなくなった。地場大手の葬儀社で葬儀。1000人~2000人対応で葬儀、実際ふたを開けてみると、250人程度の葬式。
料金700万。
葬儀の9割の参列は義理。これが葬式である。だから家族葬が増えている。で高額なお寺の檀家制度も崩壊している。
どんどん進んでいく、これは庶民も坊さんも10人が10人同じ答えである。人の死に対する宗教行為があまりにもビジネスになりすぎてしまった。今の価値観の違いがお寺と一般社会の歪となっている。
この溝をどう埋めていくか?これが生き残るお寺となるだろう。溝を埋めるどころか、今の相場の檀家の金額は当然。と主張するお寺は消えていく、淘汰される。普通の当たり前である。
お寺の住職は選ばれた特別な人ではない。そのことを自覚し、日々邁進して行く宗教者がかろうじて生き残ることだろう。

藤本樹道
2019年4月16日|カテゴリー「時事
タイガー、優勝誰もが待ち望んでいた瞬間だ。1度落ちるところまで落ちて、這い上がり、優勝。常人ではないのは明らかだ。信念の選手である。優勝までの道のりを考えるだけで、胸が痛い。壮絶、過酷であっただろう。
人間必ず誰しも試練がある。失敗もあるし調子乗ることも、そのとき、試練が来たとき、責任転換するか、自分に原因があるとして、改めリスタートするか、これが大事なことと思う。降りかかってくる問題や、時代に左右され不幸なことが起こった場合など、どう受け止め覚悟を決めてさらなる、スタートをできるか、大事なところである。
このタイガーウッズの快挙は世界が興奮したことだろう。
本当に試練に耐え、覚悟を決め、かんばった。人類の誇りである。
2019年3月20日|カテゴリー「お寺について
昨日、まつだ葬儀社で代々葬儀をやっていた一族の1家族が会員になりに来た。西念寺の檀家で頻繁なお布施をそれも何十万単位でつどってくると言う不満だった。もちろん西念寺はまつだ葬儀とべったりの寺である。納骨堂のやりかえ、本堂のやり替えなどいろいろかこつけて当たり前のようにお布施を何十万と要求してくる。寺の総会は怒鳴りあいで収集つかず、住職は片隅でダンマリだったようであきれて檀家をやめる決意をしたそうだ。もちろんやめることを表だっていえば高額な離壇料を請求される。と悩んでいた。まあ、古い寺の運営のやり方で、先はまずないだろう。以前、宇美町の円浄寺でもにたようなはなしがあった。檀家の反対に合い、やり替えはなくなったようだ。
今や、寺も供養、信仰より、利害で動く。まちがいない。世の中9割くそ坊主。これが現実である。
今のようにネットに書き込んでいると苦情を言う坊主もいるが、大抵目の前に出ると、おとなしくなり何もなかったかのように勤めだけで帰っていく。要はほとんど、内弁慶で姑息な坊主がほとんどだ。
供養のやり方も時代とともに変わる。今のような高額要求しなくてはいけない運営は衰退していく。
宗教法人という特権を持っているのだから、大衆や檀家を下に見ず、支えてもらっている。というスタンスにならないと運営はできなくなっていくだろう。坊主の世襲も10年は一般社会で働くことが大事なことではないだろうか?
若くして住職になると、勘違いをする。ある寺の新人、若が法話、説教のとき話を聞いてくれない。どうしたら聞いてくれるのか?ということを、おやじである、住職に相談したらしい、すると住職は、誰か一人聞いている人がいるから、その人を見て話をするといい。と言って諭した。
私からすると、大きな間違いである。人生何の経験もない、小僧がどんな話をしようと聞くわけがない。当たり前のことがわかっていないのが、お坊さんである。
まあ、困ったものである。

藤本樹道
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